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昌景の参加した戦場

昌景のおもな戦歴

→昌景の参加した戦場・ゆかりの地を地図で見る

1542年天文11年
旗本足軽隊長に任命され信濃侵攻における伊奈攻めにて初陣を果たす
1553年天文22年
第一次川中島合戦(布施の戦い/更科八幡の戦い)
1554年天文23年
神之峰城攻めで武田軍の先鋒を任され一番乗りの功名を立てる
1555年天文24年
第二次川中島合戦(犀川の戦い)
1555年天文24年
武田晴信(信玄)と共に木曽福島城攻めを行い木曽父子を降伏させる
1552年天文21年
信濃攻めの功績により騎馬150持の侍大将に抜擢される
1557年弘治3年
第三次川中島合戦(上野原の戦い)
1561年永禄4年
第四次川中島合戦(八幡原の戦い)では八幡原にて越後軍と激戦を繰り広げ
武田軍本営を守り抜く
1563年永禄6年
順調に戦功を挙げ譜代家老衆に列せられ300騎持の大将となる
1564年永禄7年
飛騨国に侵入し江馬氏・三木氏を下す
1564年永禄7年
第五次川中島合戦(塩崎の対陣)
1565年永禄8年
武田義信へのの謀反により処せられた飯富虎昌の赤備え部隊を受け継ぎ山縣姓を名乗る
1566年永禄9年
西上野侵攻における箕輪城攻略戦で城将長野業盛を自刃に追い込む
1568年永禄11年
駿河今川領国への侵攻
駿府城の支城である愛宕山城八幡山城のほか横山城蒲原城などを落として駿府を占領する
1568~1569年永禄11~12年
駿河侵攻における大宮城(富士城)侵攻
その後武蔵鉢形城滝山城を攻めるも落とせず そのまま南下して小田原城攻防戦
1569年永禄12年
三増峠の戦いにて北条軍と交戦 山縣隊の活躍により大勝
1569年永禄12年
駿河江尻城城代に任じられる
1570年永禄13年
花沢城徳之一色城(後の田中城)を落とし武田軍は駿河を完全な支配下に
1571年元亀2年
大規模な遠江・三河侵攻
大野田城吉田城を落とす(1575年/天正3年 設楽が原の戦いの前哨であった説もあり)
1572年元亀3年
信玄の西上作戦に伴い秋山虎繁と共に別働隊を率いて信濃から三河に侵攻
柿本城井平城を落とし浜松城制圧の足掛かりとする
1573年元亀3年
天竜二俣城を落とし浜松城の徳川家康を三方ヶ原の戦いで猛追
1573年元亀4年
三河野田城の戦いにて徳川軍と交戦 野田城を落とすも4月に武田信玄死去
1573年天正元年
三河長篠城攻めで武田勝頼より後詰の指揮を命ぜられる
1574年天正2年
明知城の戦いで織田本隊3万の兵を相手に6千の兵で撃退
1575年天正3年
長篠(設楽が原)の戦いにて織田・徳川連合軍と交戦 壮絶な最期を遂げる