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信玄公と昌景

(構成中)
武田信玄公と山縣昌景公

武田二十四将の中でも四天王と数えられ信玄・勝頼の二代に仕えた昌景は合戦・戦略・外交・治安・内政などにわたり重臣として活躍した

1565年(永禄8年)昌景の兄虎昌が逆心の咎により成敗される事件が起こった

『甲陽軍鑑』によると昌景は虎昌と信玄公の長子義信の間に謀反の謀議があるのを察知し「いかに兄といえども御大将に弓を引く謀反の企ては許せない」と信玄に訴え出たという

信玄は臨終の際その枕元に昌景をよび後事を託すと「明日は瀬田に旗を立てよ」と遺命したことが『甲陽軍鑑』にある
その真偽は別にしても昌景のおかれていた地位を物語っている

対幅
山県家に伝わる武田信玄公(右)山県昌景公(左)の対幅(二軸一対の書画)
江戸時代 狩野派の絵師 竹翁養渓による作